『ブラックジャックによろしく』によろしく
第79話(がん医療編・38 最終話)「若者たち」

2004/01/22

「若者たち」(雑誌掲載時タイトル「その手の中に」)

こんにちは、えれです。
「がん編」終了です。本当に、お疲れ様でした。

一ページ一ページが目を切られるように胸の痛かった最終回でした。

現在日本人の三人に一人ががんで亡くなるとされています。

その中でも、抗がん剤に習熟した医師は少なく、外科医が、実際は専門外である
抗がん剤を使用している場合が多いというのが現状です。
(庄司先生も、そうでしたね。)

抗がん剤の適正使用に通じた日本の腫瘍内科医(抗がん剤のスペシャリスト)は
現在国内で100人あまりと言われています。
よい腫瘍内科医と出会うのは奇跡に近いとされます。

厚生労働省は「第三次対がん十か年計画」を2004年四月から実施することを
発表しました。
その中には、腫瘍内科医を年間100人養成する目標も含まれています。

一昨年には「日本臨床腫瘍学会」が発足し、臨床腫瘍医(腫瘍内科医)は
専門医として認定される(2006年度からの認定開始目標)こととなっています。

もちろん、それ以前からも専門医養成の為の努力や試みは各所で行われていました。
そして、抗がん剤に幅広い知識を持ち、その活動の範囲は心のケアにまで至る
「がん専門看護師」の育成にも力が注がれており、これらが医師・看護師のチーム医療
の観点に立ったものであることは心強い限りです。

そして、厚労省では未承認薬の使用を含む、混合診療への保険適用を認める検討も
始まっています。
(「『未承認の併用抗がん剤保険適用』のための『抗がん剤併用療法検討会の
設置』」。はなはだよく分からない文面ですが、まぁ無いよりはいいです。)

それでも、日本のがん医療は、米国に三十年遅れているそうです。

かなめの一つは、でき得る限り患者の選択肢を広げ増やしていくことだと思います。
緩和ケアとともに、上記の活動は、がんを「不治の病」から「慢性病」と捉え直し、
患者が治療を受け生きていくうえでも大きな支えとなっていくにちがいありません。


・着地

永大に、緩和ケア科発足。

「最後まで寄りそってくれる医者がそこにいるのなら… 僕はがんで死にたいです」

斉藤くん、…やったね。

えーと、酒焼け先生(教授)は実はいい人だったんですね。
いまさらですが、今まで色々悪口言ってごめんなさい(^^;


さて…、このコーナーを続けていて頂いた批判的なメールというのは、
実は一通のみでした。
それはショックなことではありましたが、そのメールは、私にもう一度
「死への恐怖」を思い起こさせてくれました。

けして短いとは言えない期間このコーナーをやっていて、私が痛切に感じ
続けていたことは、誰もが「死は怖くない」と言ってもらいたがって
いるのではないか? ということでした。
(実は一瞬は言っちゃおうかなと思いました。これは大げさですが、まぁ
似たようなことを。)

それほどまでにこの国では「死」を語ることは禁忌です。

常に死のことばかりが頭を離れなかったら、それは「天が落ちてきたらどうしよう」
という恐れのために何もできなかったあの中国の言い伝えの男と同じでしょう。
しかし、死への恐れを全くなくして生きることは、傲慢でしかありません。
でも、前述の中国の故事の男のように振舞うのはあまりにもナンセンスです。

だから、死への畏怖を、少しだけ覚えていましょう。

私はもう少しで、「死は怖くない」と傲慢にも錯覚するところでした。
この本の帯に、「すべての悩めるがん患者、その家族、そしてがん患者予備運へ」
と書かれているのを忘れていました。

私は生きたい、生きたい、生きたいです。
だって幸せになるために生まれてきたんだもの。

私に「死の恐怖」を思い起こさせてくれたメールの主のかたには、今も心から
感謝しています。本当に、どうもありがとうございました。


「期待はしすぎず、絶望もするな」。
これは私が友人の結婚式で言った言葉です。
普段はそれで大丈夫だよ(緊急事態でもない限り)。
でも本当は、愛があるなら、すべて大丈夫です。
でもこれは公然の秘密で、大声で言ってはいけないこと(とされているよう)
なので、普段はこう言います。
「期待はしすぎず、絶望もするな」(^_^)。

そうして、少しだけ覚えていて、死のことを。
本当に少しだけ心の片隅にとどめて。
傲慢でもなく、臆病でもなく、生きるために。
ただ、生きるために。


・最後に

ほとんど自分のためにやってきたことに、最後までおつきあい頂いて、
本当にありがとうございました。
またその中には、数々のミスリーディングもあったと思うのですが、
皆さん辛抱強く我慢して下さって、本当に感謝しています。
今後感想を続けるか、というのは今はまだわかりません。
これは彼の行く科によると思います。
ただ、「BJ」が続く限り私は読み続けるでしょう。
それだけは、変わりません。


・ただ一つだけの異論 〜 (お話に対する不満では、ないのだけれど)

「手の大きなお医者さんは きっといいお医者さんになれるんだって」

さいごのひ、私の握ったその人の手はあまりにも小さく、まるで女の子の
手のようでした。
瞬間私は妙なことを考えていました。これはピアニストは無理だな…と。

もしも心を命と言い換えてもいいのなら、
もういちど命をありがとう。
わたし、いきますね。


ああ、本当だ。
手はつなぐために、あった。


皆さん本当にありがとうございました。(まるで自分が作者のような結びですいません;;)

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