・揺れ動く 精神科医・伊勢屋に「元気そうですね」と声をかけられた斉藤はどこか不満げである。 「自分と患者の区別がついていない」という指摘は同時に斉藤という人間そのものに 迫る謎かけである。 自分と他人の区別がついていないということは彼が“子ども”であることに他ならない。 医師としての自分、そうでない自分が斉藤の中で揺れ動いている。 これは言ってしまえば一人の男が一人の女に腎臓を捧げようとする話である。 斉藤が“今ここにいる意味”はこの物語が物語たらんとしている理由をも内包する。 分かる人だけにそっと通じる暗号のように、その理由は物語の内をさまよっている。 願わくばわたしはそれを捉えたいと思う。 自分が嫌いだという斉藤の存在の意味を。 作品中で新たな一歩を踏み出す人々と同じように、わたしたちもこの物語を知る 準備をしなくてはならない。 わたしたちの生きるこの世界の消息というものがどこに行くかを、これから始まる 症例検討会議は明らかにするように思える。